◆その52~ 折鶴の開運

陰陽師-穂積天佑のコラム

今は昔、治承四(1180)年のこと。源平合戦初戦の石橋山の戦いに敗れた源頼朝公一行は、平氏方の大庭景親の追手から逃れるため、土肥の杉山の山中(現在の湯河原・真鶴両町にまたがる山林)をさ迷い、石上某の案内で真鶴岬の中にある岩窟「しとどの岩屋」にたどり着き、隠れ潜みました。

平氏の軍勢が迫り来る中、頼朝公は念持仏の観音像に祈りを捧げた後、持っていた紙で折鶴を折り、それに息を吹き掛けて飛ばすと、折鶴は無数の山鳩となって岩屋の周囲を飛び回り、平氏の軍勢の目をあざむいて危難を脱し、房総への船出が叶ったといいます。

この伝説は、陰陽道の達人 安倍晴明公が、紙人型に息を吹き掛け式神に変化させて使ったという話とよく似ており、源頼朝公が陰陽道の秘術にも通じていたことを示します。

そして今から25年ほど前のこと。11年間務めた中学校教師の職を辞し、神職の仕事一本となった当初の私は、仕事も入らず何をしてよいかもわからず悶々としていました。そんな時にふと思い立ち、近くにあった広告の紙で折鶴を折り、手の平に乗せて息を吹き掛けたらば、まるで生きているかのように長い間、空中をフワフワと飛び、不思議に感じたことがありました。

ほどなくしてブラジルのボーイスカウトグループから大イベントの清祓神事の依頼やテレビ出演の話も舞い込み、まさに「飛翔の運気」となったのですが、実はその時の私は先述した源頼朝公の折鶴伝説をまだ知らなかったのです。

将来への不安に悩むあなた様。気分転換と思い、幼き日々を振り返りながら折鶴を折られてみてはいかがでしょう。

折鶴は、あなた様を大きく羽ばたかせ、希望溢れる未来へと飛び立たせてくれるかもしれません。

いはやより てんかのぞめる もののふに まもりしつるは なもみちびけり
(岩屋より 天下望める 武将に 守りし鶴は 汝も導けり)

穂積天佑

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先祖である穂積濃美麻呂が陰陽道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)より陰陽の秘法を授けられ、また同じく師の先祖となる菅原宮内少輔道景は、あの平安時代の大陰陽...

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