◆その74~御縁を活かしたが為の幸運

私が教師と神職を兼業していた頃からの古くからのお客様に、Aさんという方がおられました。彼は都内にある医療機器会社の社長さんですが、見た目がコワモテで、大理石風呂のある別荘を真鶴に持つなどゴージャスな事から、周囲で何かと噂の人でした。私も最初は当たらず障らずにしていましたが、ふと神社へお参りに来られた時にお話ししてみると、とても気さくな楽しい方で、お付き合いが始まりました。
私はその後教職を辞め、ブラジルへ渡り布教活動をするも夢半ばで終わり、家で所在なくしていますと、電話の発信音です。出てみますとAさんからです。
「先生、ちょっとお話したい事があるんですけれど、良かったらうちの会社に顔を出してくれませんか」

都内にあるAさんの会社のオフィスビルを訪ねると、Aさんから「人生相談を受ける神社、神主」として週刊誌に広告を出す提案を受けました。しかし、広告料はかなり高額で、当時の私の経済状況ではとても無理である旨を申しますと、
「いや、私が、先生の未来へ投資する形で出すのです」
「Aさん、私はあなたに何もお返し出来ないし、虫が良すぎると思うのです」
「私は、先生のハート、生きざまを、皆に知ってもらいたいんだよ!! 良いでしょ!!」
私は、Aさんの申し出を受ける事に決めました。

週刊誌への掲載は一度で、そこまでの反響はありませんでしたが、Aさんの気持ちが嬉しく、またこれからの神職としての生き方が示されたようで、元気が出たものでした。何らかの形でAさんに御礼がしたいという気持ちを心の奥底に持ち続けたある日の事、電話の発信音が。出てみますと、Aさんの奥様です。
「先生。実は主人の容態が思わしくなく、譫言で先生の事を言っています。最後に一度、会ってやっていただけませんか」
「えっ、そんなにお悪いのですか? 早速、明日参ります」
Aさんが入院する病院の部屋を訪ねますと、意識を取り戻し起き上がったAさんは、私の顔を見ると泣きながら、

「先生。俺、死ぬんじゃねえかと思ったよ。来てくれたんだね。こんな俺のために」
すっかり痩せてしまった体で私に抱きついてくるAさん。
「Aさん。大丈夫だよ。私が祈っているからね」
私はAさんを、そっと抱き締めてあげました。
その後Aさんはすっかり回復し社長業に復帰。数年後、真鶴の別荘を引き払われてからはお会いする事もなくなりましたが、今もお元気なようです。Aさんとの御縁は、私に歩むべき道を諭し、示してくれたように思うのです。

ひとのよは ともとであへる たびにして
えにしおもふが かなめとぞしる
(人の世は 友と出会える 旅にして 縁思うが 要とぞ知る)
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