◆その18~呪いの真実

陰陽師-穂積天佑のコラム

今から二十五年ほど前のこと。ブラジルはサンパウロへ神道布教の旅に出掛けたとき、買い物の際に受け取った釣銭の中に、古びたヨレヨレの紙幣がありました。そこには私が小学生の頃よく見たアニメ「ムーミン」に出てくる、お化けのニョロニョロによく似た線描がたくさん描かれていました。そして、その紙幣が手元に来てから、スリに遭遇する、手を怪我するなどロクなことが起きません。

 アミーゴ(親友)の日系三世で、現地の宗教事情にも詳しい聖書研究家のМさんにそのことを話すと、こう言われました。

「それはマクンバ(アフリカ系移民が招来した民間呪術)の祭司が不特定多数に向けて行った呪いの紙幣です。できれば早めに使ってください。いま宮司が呪いの対象になってしまっていますから……」
忠告通りにしたあと、次にその紙幣を受け取ってしまう方に何事も起きないよう、私もひたすら神前に祈ると、ほどなくして様ざまなラッキーチャンスが訪れた……、ということがありました。

また同じ頃、ある裕福な女性が私のもとを訪れ、こう申し出ました。

「男性との間に金銭トラブルが起きた。男性を呪殺してくれたら高額の寄付を約束する」。
「人を呪わば、穴二つですよ。そんなことより、あなた様自身が開運なされば良いのでは……」と私は諭し、お帰りいただきましたが、最後まで納得できないご様子でした。それから十数年経ったある日、彼女が大きな事件に巻き込まれ亡くなったことをニュースで知るのです。恐らく彼女の心のうちに、いまだ相手を呪う気持ちが残っていて、まさに「人を呪わば、穴二つ!」となられたわけです。

 人を呪うということは、自分の不幸を他者や社会のせいにする、寂しい、気の毒な人が行う無意味な行為であり、そんなことに時間と労力を費すぐらいなら、自分のために別の開運方法を考えれば良いのです。しかし我が国では、木でできた人形(ひとがた)に相手の名を記して呪いを行うという古典的な霊術が奈良時代からあり、こうしたことがいつまで経っても後を絶たないのです。

 人を呪うことは絶対に行うべきではなく、戒められるべき行為ですが、もし、あなた様ご自身が誰かから呪詛(じゅそ)を受けているのでは……と感じたときは、まず白い小皿に盛り塩をしてご自分のお部屋の四隅に置き「結界(けっかい)」をしましょう。さらにご自身が信仰する神社や宗教の御守を両手で握り締め、古来伝わる「天地人の祓いの祝詞(のりと)――三種(さんじゅ)の祓(はらい)」を唱えます。

トホカミエミタメ カンゴンシンソンリコンダクン
ハライタマイキョメデタマウ

盛り塩はそのまま、祝詞を心を込めて唱える。このおまじないを一日一回、七日間続ければ大抵の呪詛は解けます。それでも心身の不調が続く場合は信頼のおける霊能者や祈祷師のもとをお訪ねください。
また、昔からよくある「不幸の手紙」はナンセンスで、友達のできない寂しいお方が出す、単なるイタズラ書きの紙切れです。すぐに破いて捨ててしまわれるのが、精神衛生上良いでしょう。

「人を呪わば穴二つ」――そんな時間があったら、自分自身を開運するのが一番!!
あなた様も、開運の一歩、踏み出してみませんか。

まがつひの すさびきたらば  かむながら
           はらひをさめば いわとひらけり

(禍津日の 荒び来たらば 惟神(かむながら) 
祓いおさめば 岩戸開けり)

穂積天佑

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