◆その28~お稲荷様の不思議~その2

陰陽師-穂積天佑のコラム

私の話に納得してくださったと思っていたおばあさんが、手の平を返したようにこう言ってきました。

「神主さん、早くお稲荷様、引き取ってくださいよ。私、嫌なんですよ!」

どうやら、最初に彼女が相談に行かれた近所の祈祷師に、また何か言われたらしいのです。その当時は「祟り」「何かの障(さわ)り」などの単純な事柄で悩む人を脅し、生計手段とする「拝み屋」と呼ばれるレベルの低い祈祷師が、この近隣にもいたものでした……。仕方なく私は、そのお稲荷様を神社で引き取ることにいたしました。それはとても古いもので、一つは石造りのお社、もう一つは「正一位 稲荷大明神」の文字が刻まれた石の板で、摩滅した文字がその家の長い歴史を物語っているかのようでした。

稲荷社の納めの神事を行ったのは、師走の半ば頃。それから一カ月後の年明け、七草粥の日に、近隣の町で交通事故が起きました。

それは、お寺の法事から帰る親類同士が乗ったワゴン車が、何もない田舎道で電柱に激突するというものでした。車は前方がへこんだ程度で、運転者も同乗者も軽傷で済んだのですが、同乗者の一人が即死してしまったとのこと。なぜこの人一人だけが……と、地域でも「不思議な不運」として評判になりましたが、亡くなられたのはお稲荷様を納めたおばあさん、その人だったのです。

私は、この不運な出来事は、お稲荷様が長年ほどこしてこられた守護の力を全て引き上げてしまわれたことから起きたのだろうと、深く感じたのでした。そして、この一連の出来事以降、参拝者や、お稲荷様関連の祈祷を依頼される方に、屋敷神の意味や神の守護力の大きさを説明するようにしているのです。

うかみたま ひともいへをも まもること
            しかとこころに わするなよゆめ

(宇迦御魂<稲荷神の事> 人も家をも守ること 
しかと心に 忘るなよ夢)

穂積天佑

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